はじめに
 甲状腺疾患は内分泌疾患の中では最も頻度が高く、日常診療の機会も多い。内分泌臓器としてホルモンの分泌という特殊な機能を有するが、すでに各種機能検査法がほぼ確立している。形態や病理などの検査も、体表に近く位置していることから超音波診断や穿刺吸引細胞診などが極めて有効であり、一般的には診断は容易である。しかし、検査にはそれぞれ何らかの問題があり、正しい知識を持ってデータを判断しないと、正しい診断に到達し得ないことも少なくない。
 このパンフレットでは、診断や検査に携わる人々にとって必要と思われる甲状腺に関する基本的知識、甲状腺の病気の概念、さらに甲状腺に関する検査について紹介し、最後に、これらに基づいて診断や治療を進める上でのポイントを述べ、読者の日常診療の一助となることを期待する。   
監修: 森 徹
1.甲状腺疾患の発見・診断・治療
1: 甲状腺疾患を疑う
A)甲状腺腫から疑う
B)臨床症状から疑う
C)一般検査所見から疑う
2: 検査
A)in vitro検査:機能検査(ホルモン検査)、病態検査(抗体検査等)
B)in vivo検査:エコ−検査、摂取率検査、シンチグラフィー、細胞診
3: 診断
4: 治療
2.甲状腺の構造と機能
@構造: 甲状腺は前頚部下方(輪状軟骨の下1/3のところに峡部があり、これに連なって左右両葉が気管に添って上下に伸び、蝶形を呈している。13〜15gくらいの比較的大きな内分泌臓器であり、典型的な濾胞構造を持つ。(図2−1)

A機能: 食物中のヨードを材料にして甲状腺の中で甲状腺ホルモンを2種類合成し、血中に分泌する内分泌臓器である。

図2−1 甲状腺の局在
I:甲状腺の機能:
甲状腺はヨードを能動的に多量に摂取する(血中に比して約30倍に濃縮する)。甲状腺細胞内に取り込まれたヨードは、甲状腺細胞内で処理され、甲状腺ホルモンの合成に用いられる。合成された甲状腺ホルモンは、甲状腺特有の蛋白質であるサイログロブリン(Tg)にカップルされてコロイドとして濾胞腔内に体内で消費される約1ヵ月分を貯蔵する。
II:ホルモンの分泌:
甲状腺ホルモン :甲状腺自身の自動性は乏しく、刺激があって初めて機能できる。甲状腺が刺激されると、Tgはコロイド小滴として細胞内に取り込まれ、加水分解を受けて細胞内で甲状腺ホルモンが遊離し、血中に分泌される。
カルシトニン :甲状腺には、傍濾胞細胞(C細胞)が存在し、カルシウム調節ホルモンであるカルシトニンを分泌する。
V:甲状腺刺激物質:
下垂体前葉から分泌される甲状腺刺激ホルモン(Thyrotropin:TSH)が主要な刺激物質であり、TSHが濾胞細胞基底膜にあるTSH受容体(TSH receptor)に結合することによってcAMP等が産生され、これを介して種々の作用が起こる。
IV:TSHと機能低下:図2-2
下垂体性機能低下:甲状腺は正常でもTSHが不足すれば甲状腺機能低下症が起こる(二次性)。
視床下部性機能低下:下垂体のTSH分泌細胞は、さらに上位の視床下部からのTSH漏出ホルモン(TRH)によって調節され、TRHの不足でも甲状腺機能は低下する(三次性)。
V:TSH、TRH分泌:血中FT4と逆相関:図2-2
下垂体や視床下部にも甲状腺ホルモンT3受容体(T3-receptor;TR)は存在し、TRHやTSHの分泌は血中のFT4濃度によって規制され、血中のFT4濃度とTSH濃度は逆相関の関係にある。
VI:ネガティブフィードバック機構:図2-2
血中のFT4を一定に保つための間脳-下垂体-甲状腺の相互調節機構
VII:TSHとTSH受容体の細胞内反応機構:
1. ヨードの能動的摂取が起こる。
2. 取り込んだヨードを有機化する。
3. ヨードチロシンの縮合によりT4、T3を合成する。
4. コロイド小滴の細胞内取り込みとTgの水解による甲状腺ホルモンの産生・分泌を起こす。
5. Tgの合成を促進する。
6. 濾胞上皮細胞の増殖による甲状腺の腫大を起こす。
3.甲状腺ホルモンの構造と作用
甲状腺ホルモンは、物質代謝に重要な作用を持ち、生命の維持に不可欠なホルモンであり、サイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)がある。
I:甲状腺ホルモンの構造:図3-1 図3-1甲状腺ホルモンの構造
チロシン(tyrosine)のヨード化されたものが縮合してできるヨード化アミノ酸である。
II:甲状腺ホルモンの存在様式:
蛋白質結合型:血中に分泌された甲状腺ホルモンは、大部分は蛋白質(TBG、プレアルブミンおよびアルブミン)と結合している。
遊離型:正常人では、全T4中の0.02%程度が遊離型で存在し、全身の標的細胞に運ばれ細胞内に入る。細胞内に入ったT4は、ここでヨードが1個とれてT3に変換される。T3はさらに核内に移行し、T3 receptor(TR)に結合する。その結果、酸素消費を高めて物質代謝を亢進させ、カロリー産生をもたらす。
〔TBG〕甲状腺ホルモン結合親和性は極めて高く、血中のFT4濃度を一定に保つための強力な調節が行われている。T4とTBGの間には平衡関係があり、37℃では20分以内に平衡に達する。